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じんせいろんノート

人生論ノート

三木 清

下記以外「文學界」文藝春秋社、1938(昭和13)年6月~1941(昭和16)年10月<br>個性について「哲學研究 第五十二號 第五卷 第七册」京都哲學會、寶文館、1920(大正9)年7月1日<br>後記「人生論ノート」創元社、1941(昭和16)年8月11日<br>旅について 不詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,023 字 · 143 页

青空文庫

習慣が技術であるように、すべての技術は習慣的になることによって真に技術であることができる。どのような天才も習慣によるのでなければ何事も成就し得ない。

従来修養といわれるものは道具時代の社会における道徳的形成の方法である。この時代の社会は有機的で、限定されたものであった。しかるに今日では道具時代から機械時代に変り、我々の生活の環境も全く違ったものになっている。そのために道徳においても修養というものだけでは不十分になった。道具の技術に比して機械の技術は習慣に依存することが少く、知識に依存することが多いように、今日では道徳においても知識が特に重要になっているのである。しかしまた道徳は有機的な身体を離れ得るものでなく、そして知性のうちにも習慣が働くということに注意しなければならぬ。

デカダンスは情念の不定な過剰であるのではない。デカダンスは情念の特殊な習慣である。人間の行為が技術的であるところにデカダンスの根源がある。情念が習慣的になり、技術的になるところからデカダンスが生ずる。自然的な情念の爆発はむしろ習慣を破るものであり、デカダンスとは反対のものである。