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いまどしんじゅう

今戸心中

広津 柳浪

「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页

青空文庫

本統にひどいよ」

「そういうわけじゃアないんだが、あの人は今こっちにいないもんだから」

「虚言ばッかし。ようござんすよ。たんとお一人でおいでなさいよ」

「困るなアどうも」

「なに、よござんすよ。覚えておいでなさいよ。今日は昼間遊んでおいでなさるんでしょう」

「なに、そういうわけでもない」

「去らないでおいでなさいよ、後で遊びに行きますから」

「東雲さんの吉さんは今日も流連すんだッてね」と、今一人の名山という花魁が言いかけて、顔を洗ッている自分の客の書生風の男の肩を押え、「お前さんも去らないで、夕方までおいでなさいよ」

「僕か。僕はいかん。なア君」

「そうじゃ。いずれまた今晩でも出直して来るんじゃ」

「よござんすよ、お前さんなんざアどうせ不実だから」

「何じゃ。不実じゃ」

「名山さん、金盥が明いたら貸しておくれよ」と、今客を案内して来た小式部という花魁が言ッた。

「小式部さん、これを上げよう」と、初緑は金盥の一個を小式部が方へ押しやり、一個に水を満々と湛えて、「さア善さん、お用いなさい。もうお湯がちっともないから、水ですよ」

「いや、結構。ありがとう」

「今度おいでなさる時、きっとですよ」