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いまどしんじゅう
今戸心中
広津 柳浪
「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页
と、同じような考えが胸に往来して、いつまでも果てしがない。その考えは平田の傍に行ッているはずの心がしているので、今朝送り出した真際は一時に迫って、妄想の転変が至極迅速であッたが、落ちつくにつれて、一事についての妄想が長くかつ深くなッて来た。
思案に沈んでいると、いろいろなことが現在になッて見える。自分の様子、自分の姿、自分の妄想がことごとく現在となッて、自分の心に見える。今朝の別離の辛さに、平田の帯を押えて伏し沈んでいたのも見える。わる止めせずともと東雲の室で二上り新内を唄ッたのも、今耳に聞いているようである。店に送り出した時はまるで夢のようで、その時自分は何と思ッていたのか。あのこともあのことも、あれもこれも言いたかッたのに、何で自分は言うことが出来なかッたのか。いえ、言うことの出来なかッたのが当然であッた。ああ、もうあの車を止めることは出来ぬか。悲しくてたまらなくなッて、駈け出して裏梯子を上ッて、座敷へ来て泣き倒れた自分の姿が意気地なさそうにも、道理らしくも見える。万一を希望していた通り、その日の夜になッたら平田が来て、故郷へ帰らなくともよいようになッたと、嬉しいことばかりを言う。