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いまどしんじゅう

今戸心中

広津 柳浪

「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页

青空文庫

今日ッきりだとか、今日が別れだとか、そんないやなことをお言いなさらないで、末長く来て下さいよ。ね、善さん」

「え、何を言ッてるんだね。吉里さん、お前さん本気で……。ははははは。串戯を言ッて、私をからかッたッて……」

「ほほほほ」と、吉里も淋しく笑い、「今日ッきりだなんぞッて、そんなことをお言いなさらないで、これまで通り来ておくんなさいよ」

善吉は深く息を吐いて、涙をはらはらと零した。吉里はじッと善吉を見つめた。

「私しゃ今日ッきり来られないんだ。吉里さん、実に今日がお別れなんです」と、善吉は猪口を一息に飲み乾し、じッとうつむいて下唇を噛んだ。

「そんなことをお言いなさッて、本統なんですか。どッか遠方へでもおいでなさるんですか」

「なアに、遠方へ行くんだか、どこへ行くんだか、私にも分らないんですがね……」と、またじッと考えている。

「何ですよ。なぜそんな心細いことをお言いなさるんですよ」と、吉里の声もやや沈んで来た。

「心細いと言やア吉里さん」と、善吉は鼻を啜ッて、「私しゃもう東京にもいられなければ、どこにもいられなくなッたんです。私も美濃屋善吉――富沢町で美濃善と言ッちゃア、ちッたア人にも知られた店ももッていたんだが……。