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いまどしんじゅう

今戸心中

広津 柳浪

「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页

青空文庫

私しゃ忘れやアしないよ」と、声は沈んで、頭はだんだん下ッて来た。

「あの時のお酒が、なぜ毒にならなかッたのかねえ」と、吉里の声はいよいよ沈んで来たが、にわかにおかしそうに笑い出した。「ほほ、ほほほほほ。お酒が毒になッて、お溜り小法師があるもんか。ねえ此糸さん。じゃア小万さん、久しぶりでお前さんのお酌で……」

吉里は小万に酌をさせて、一息に呑むことは飲んだが、酒が口一杯になッたのを、耐忍してやッと飲み込んだ。

「ねえ、小万さん。あの時のお酒が毒になるなら、このお酒だッて毒になるかも知れないよ。なアに、毒になるなら毒になるがいいんさ。死んじまやアそれッきりじゃアないか。名山さんと千鳥さんがあんないやな顔をしておいでだよ。大丈夫だよ、安心してえておくんなさいましだ。死んで花実が咲こかいな、苦しむも恋だって。本統にうまいことを言ッたもんさね。だもの、誰がすき好んで、死ぬ馬鹿があるもんかね。名山さん、千鳥さん、お前さんなんぞに借りてる物なんか、ふんで死ぬような吉里じゃアないからね、安心してえておくんなさいよ。死ねば頓死さ。そうなりゃ香奠になるんだね。ほほほほほ。