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こんにちのぶんがくのしょそう
今日の文学の諸相
宮本 百合子
「都新聞」1940(昭和15)年11月28日~12月2日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,522 字 · 17 页
近頃の同人雑誌の小説について語られていることなのであるが、それらの言葉をじっくりと胸にうけとって考え深めて行って見ると、日本の現代文学がもっている次の世代の精神の地味ということについて、何かこわいようなところがある。
何もこの人が書かなくてもと思える小説ということは、題材として特異な経験がそこにないというのではなくて、ありふれたような事象でもありふれなく生き貫く個々の文学精神が萎靡してしまっているということにほかならない。その人をして小説をかかしめている精神のコムプレックスの必然の感銘がなく、小説が字面で書かれているということである。一定の人生を見てかきながら、それにふさわしい人生の見かたがないという意味を云っている青野氏の言葉は、この一二年間所謂素人文学というものへの無責任な作家の譲歩が、今日に結果した一つの大きい文学上の問題だと思う。
或る作家たちがこの三四年来の波瀾の間で、脱皮しようと焦慮した動きは、果してより強勁な現実のみかたを持とうとする方向をとっていただろうか。今日、声々をあげて変るということについて語られているうちに、おのおのの作家精神のコムプレックスの成長の意味が文学の価値において見られているだろうか。