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えせものがたり

似而非物語

山本 周五郎

「週刊朝日涼風読物号」朝日新聞出版、1952(昭和27)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,817 字 · 64 页

青空文庫

杢助はうっとりと眼をつむった。

背戸の方で娘たちの賑やかな声が聞え、たそがれて来たこの縁先まで、釜戸の煙がながれて来た。

明くる日、杢助は三つ沢へでかけていった。そこは白山へ登る道から脇へそれた狭い谷間で、崖の下の細い谿流の近くに、岩の間から温泉の涌くところがあった。牛窪から二里ほど離れていたし、村人たちはあまり利用しないので、これまではなんの設備もない野天風呂だった。今でも野天風呂には変りはないが、すぐ脇に小屋が建ち、そこには滞在するに必要な道具が、ひととおり備えられていた。食物だけ持って来れば、好きなだけ湯治をすることができるようになっていた。

五人の娘たちが、米味噌や漬物や、乾した川魚などを背負って、たいそう陽気に送って来てくれた。彼女たちも三つ沢でひと晩だけ泊ってゆく筈だった。けれども湯小屋には、見馴れない老人の先客がひとりいた。

「見なよまあ、杉谷の大先生だに」

彼女たちはこう囁きあい、持って来た物を小屋の中へ片づけると、湯も浴びずに帰っていった。

「あの人にゃ気をつけなくちゃなんねえだよ」

お初という娘が杢助に囁いた。

「ああみえても神さまみてえにど偉え剣術の先生だでよ、失礼のねえようによく気をつけてくろよ」