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えせものがたり
似而非物語
山本 周五郎
「週刊朝日涼風読物号」朝日新聞出版、1952(昭和27)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,817 字 · 64 页
杉谷へはどう登るか、というのであった。杢助は横になって煙草をふかしていた。飯篠老人は坐って紙縒をよっていた。杢助は若侍を見て、それから飯篠老人の方を上わ眼に見た。飯篠老人はなにも聞えないし、見えもしないという顔つきで、力をこめて紙縒をより続けた。
「杉谷へまいりたいのだが」
若侍はもういちど云った。
「杉谷の長威斎先生の御草庵へまいりたいのだが、この道を登ってまいってよいであろうか」
「大先生のとけえゆくだって」
杢助はまた上わ眼で飯篠老人を見た。それからゆっくりきせるをはたき、横になったままで若侍に答えた。
「おいでにならぬ」
「…………」
「いらっしゃらねえだ、おとついまではござっただがねえ」
杢助は莨入れを取った。
「あんまり武者修業が来てうるせい、これじゃ遁世が遁世にならねえってよ、えらくぷりぷりしてござったっけが、おとついの朝がた、どっかへ突っ走っちめえなすっただよ」
「それは事実であろうな」
「おらが証人だあ」
杢助は煙草をつめた。
「おら杉谷の庭掃きをしていたでよ、それももう用がなくなったで、こうして此処へおりて来ただよ」
若侍は落胆のあまり呻き声をあげた。