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えせものがたり

似而非物語

山本 周五郎

「週刊朝日涼風読物号」朝日新聞出版、1952(昭和27)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,817 字 · 64 页

青空文庫

四之木は感動に溢れる声で云った。

「阿の間を截る一拶の気合、まさしく奥義の御伝授と拝察つかまつりました、御流儀の秘伝まさに会得いたしてござります、かたじけのう……」

ございますと云うつもりだったらしいが、こみあげてくる嗚咽のためにあとは続かなかった。彼はよろこびと深い感謝とで、両手で地面にかじりついて泣くのであった。

――どうしたこんだ、これは。と杢助は心のなかで思った。おらあただくしゃみをしただけだによ。それがいってえどうしたっつうだ。

四之木四郎は秘伝を会得した。云うまでもない、彼は欣々と草庵を去っていった。

――こらあ油断も隙もなんねえ。

杢助は考えた。かれらはなにをきっかけに「会得」するかわからない、これでは不用意に話しもできないし、うっかり咳をすることもできない。こう考えて、今後は用心をすることにした。にも拘らず、悪い事は重なるというものかどうか、それから僅か数日のちに、またしても同様なことが起こった。例のくしゃみをしたときに鼻風邪をひいたとみえ、杢助はずっと水洟に悩まされていた。ばからしくなるほどひどい水洟で、休みなしにかんでいなければならない、折から横になって、一之木太郎に腰を揉ませていた。