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えせものがたり
似而非物語
山本 周五郎
「週刊朝日涼風読物号」朝日新聞出版、1952(昭和27)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,817 字 · 64 页
弥市はむきになって云った。
「つまり遁世とかいうだ、あのてええの言葉ではよ、それでもやって来るだ、剣術の隠し技を教えてくれろってよ、どこか遠くのほうから、武者修業みてえなてええが、あとからあとから、どうかぜひ教えてくれろってよ、嘘じゃねえだよ」
老人はふと足を停めた。弥市の話などは聞いていなかった、道のすぐ左に石段があり、その上に石地蔵が立っている、老人はちょっと考えて、それからゆっくりと石段を登っていった。
「どけえゆくだね」
弥市が云った。
「そこにゃあなんにもねえだよ、ゆき止りでぬけ道はねえだによ」
「家へゆくだよ」
老人が云った。
「おら自分の家へ帰るだよ」
「家へ帰るだって」
弥市は眼脂の溜まった眼をしばしばさせた。彼は頭をかしげて、登ってゆく老人を見あげ、はだしの爪尖で地面を掻いた。それからふいにはねあがり、おうれ、おうれと叫んで、石段を駈け登った。
「待ってくろ」
弥市は叫んだ。
「ぬしゃあ杢助じゃあねえか、ぬしゃくる眼の杢助じゃねえかよ」
老人はこっちへふり返った。
「そうよ、おらくる眼の杢助よ」
「へえたまげた、なんちゅうこんだ、ほんにおぬしは杢助だに」