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えせものがたり

似而非物語

山本 周五郎

「週刊朝日涼風読物号」朝日新聞出版、1952(昭和27)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,817 字 · 64 页

青空文庫

「そうだっけ、ほんに」

老人は頷いた。

「ほんに代々お登女さまっていったっけよ」

道は村へはいった。牛窪村は谷がややひらけて、手取川が大きく彎曲した島のような地形の上にあった。村の三方を川の流れがまわっていた。戸数五十戸ばかりの、古ぼけた板屋根の家々が、道から段登りになって、斜面をけずり石垣で組みあげた狭っくるしい地面に、固くしがみつくように建っていた。

「旦那は杉谷へゆかっしゃるだね」

弥市がさぐるようにきいた。

「杉谷の大先生のとけえよ、もしかそうなら黒門へ寄んなさるがいいだ、大先生は四五日めえから黒門へお客にござって、まだ二三日は黒門にござらっしゃるだよ」

「大先生って、なんの先生だえ」

「おうれこれは」

弥市はまたはねた。

「おうれまたこれは、大先生ってばちょうゐ斎先生でねえか、剣術の大名人で神さまといわれるくれえの人だに、旦那はへえ知らねえつうだかえ」

「おらが知るかさ」

老人は云った。

「ふん、つまらねえ」

「つまらなかねえだ、ちょうゐ斎先生は剣術の神さまみてえに偉えだよ、あんまり偉えだで、世間がうるさくってなんねえ、人が放っておかねえだで、あんまりうるさくってなんねえから、この山ん中へ逃げて来さしっただよ」