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えせものがたり

似而非物語

山本 周五郎

「週刊朝日涼風読物号」朝日新聞出版、1952(昭和27)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,817 字 · 64 页

青空文庫

彼は無為にして生きてきた。時代は騒がしく生きるに困難な条件が多かった。しかも彼は怠けたいように怠けて、なにごとも為さずして生きてきた。彼には、この世の中はどうにかなってゆくものであった、従来の経験が彼にそれを証明していた。

「おらがそんな大豪傑と試合するなんて、そんなばかげたことがある筈はねえさ」

杢助はそう呟いた。

「そのまえになにか起こるだ、おらが試合なんぞしねえで済むように、きっとなにかが起こるだ、これまでいつもそんなふうだったし、こんどだけそうでねえわけがなかんべえさ」

彼はおちつきをとり戻したのであった。

杢助は自分の運を信じた。この災難が必ず解消するだろうと信じた。城へ着いてからも、試合の場所(それは城中の馬場であったが)へ出てからも、その信念にゆるぎはなかった。ただその場のものものしい設備と、居並んだ前田家臣らのきらびやかさと、その数の莫大さにはびっくりした。少なからず気おくれがし、頭がのぼせた。ぼうっとのぼせて、尾井幾兵衛がなにか云ってもよくわからず、ただ幾兵衛の云うままになり、されるままになっていた。

――もうなにかが起こってもいいだにな、と杢助は思った。