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えせものがたり

似而非物語

山本 周五郎

「週刊朝日涼風読物号」朝日新聞出版、1952(昭和27)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,817 字 · 64 页

青空文庫

もうだめだ。杢助は思った。いつかみてえだ、いつかとそっくりだ。

杢助の頭に連想作用が起こった。そして、岩見重太夫がそのまま一頭の猛犬にみえた。彼が幼年のころ出会ったあの食いつき犬に、……大豪傑は近よって来た。五尺もありそうな赤樫の木剣をつき出し、巨大な眼をかっとみひらいて、杢助の眼をかっきりと睨みながら、一歩、二歩と進んで来た。杢助は棒立ちになっていた、右手に(幾兵衛に持たされた)木剣を持っていることも忘れ、まったく恐怖のとりこになって立っていた。

――そうだ、あのときそっくりだ。

杢助はこう思ったが同時に「くる眼」の発作が起こった。それは幼年時代より激しくもなかったが、軽度になったわけでもなかった。これまでのものと同じ程度のようで、まず左右の瞳孔が各自の方向へゆっくりと動き出した。

よくはわからないが、剣術の試合などでは「眼」が重要らしい。両者の「眼と眼」ということをいう。糸で繋いだように両者の眼が噛みあって、そこから勝負が始まるなどという。岩見重太夫もそうであった、重太夫は巨眼を剥いて、がっきと杢助の眼をとらえていた。自分の視線で杢助の双眸を射抜いて微動もさせぬという睨み方であった。