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えせものがたり
似而非物語
山本 周五郎
「週刊朝日涼風読物号」朝日新聞出版、1952(昭和27)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,817 字 · 64 页
ところで杢助は「くる眼」の発作を起こした、両方の黒眼が片方はあちらへ片方はこちらへと、互いに勝手な運動を始め、その動きはしだいに速く、激しくなるのであった。
岩見重太夫は頭がちらくらしてきた。彼の眼は杢助の両眼をがっきととらえていた、しぜん重太夫の両眼は杢助の両眼の動きと不可分であり、まったく意思に反して同一運動を起こした。神経が通常である者にとっては、それは怖るべきものであり、とうてい負担に耐えがたいものであった。いつかの食いつき犬は尻尾を巻いて逃げたけれども、この大豪傑は逃げることもできず、杢助の「くる眼」が激しくなるにしたがって、漸次その顔が蒼くなり、呼吸も逼迫し、その巨躰がぐらぐらと揺れ始めた。そうして、杢助の眼球が裏返しになるとたん、岩見重太夫はついに眼をまわして、仰反ざまに(枯木でも倒れるように)どしーんとぶっ倒れてしまった。
試合は終ったのであった。馬場は歓呼の声にどよめきあがった、まさに勝鬨の声であった。そのどよめきのために、馬場から土煙が巻きあがった。
「おみごとおみごと」
尾井幾兵衛が駈けよって来て、しわがれたかなきり声で叫んだ。