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さはしじんごろう
佐橋甚五郎
「中央公論」1913(大正2)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,308 字 · 13 页
「あの縁にいた三人目の男を見知ったものはないか」
側には本多正純を始めとして、十余人の近臣がいた。案内して来た宗もまだ残っていた。しかし意味ありげな大御所のことばを聞いて、皆しばらくことばを出さずにいた。ややあって宗が危ぶみながら口を開いた。
「三人目は喬僉知と申しまするもので」
家康は冷やかに一目見たきりで、目を転じて一座を見渡した。
「誰も覚えてはおらぬか。わしは六十六になるが、まだめったに目くらがしは食わぬ。あれは天正十一年に浜松を逐電した時二十三歳であったから、今年は四十七になっておる。太い奴、ようも朝鮮人になりすましおった。あれは佐橋甚五郎じゃぞ」
一座は互いに目を合わせたが、今度はしばらくの間誰一人ことばを出すものがなかった。本多は何か問いたげに大御所の気色を伺っていた。
家康は本多を顧みて、「もうよい、振舞いの事を頼むぞ」と言った。これは家康がこの府中の城に住むことにきめて沙汰をしたのが今年の正月二十五日で、城はまだ普請中であるので、朝鮮の使の饗応を本多が邸ですることに言いつけておいたからである。
「一応とりただしてみることにいたしましょうか」