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なにもの

何者

江戸川 乱歩

「時事新報 夕刊」時事新報社、1929(昭和4)年11月28日~12月29日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,449 字 · 77 页

青空文庫

余談はさて置き、波多野司法主任は、

「足跡を踏まぬ様に気をつけて下さい」

と、二人の邪魔者に注意をしながら、無言で足跡を調べて行った。賊が低い土塀を乗り越えて逃げたらしいことが分ると、土塀の外を調べる前に、一度洋館の方へ引返して、何か邸内の人に頼んでいる様子だったが、間もなく炊事用の摺鉢を抱えて来て、最もハッキリした一つの足跡の上にそれをふせた。あとで型をとる時まで原型をくずさぬ用心である。

矢鱈にふせたがる探偵だ。

それから私達三人は裏木戸を開けて、塀の外に廻ったが、その辺一帯誰かの邸跡の空地で、人通りなぞないものだから、まぎらわしい足跡もなく、賊のそれ丈が、どこまでもハッキリと分った。

ところが懐中電燈を振り振り、空地を半丁程も進んだ時である。波多野氏は突然立止って、当惑した様に叫んだ。

「オヤオヤ、犯人は井戸の中へ飛込んだのかしら」

私は警部の突飛な言葉に、あっけにとられたが、よく調べて見ると、成程彼の云うのが尤もであった。足跡は空地の真中の一つの古井戸の側で終っている。出発点もそこだ。いくら電燈で照らして見ても、井戸のまわり五六間の間、外に一つの足跡もない。