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なにもの

何者

江戸川 乱歩

「時事新報 夕刊」時事新報社、1929(昭和4)年11月28日~12月29日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,449 字 · 77 页

青空文庫

弘一君はその病室に飾ってあった花瓶を、窓の外の塀に投げつけよと云うのだ。花瓶と云うのは高さ五寸程の瀬戸物で、別段変った品ではない。

「何を云っているのだ。そんなことをすれば花瓶が破れるじゃないか。気違いだって云われても仕方がない」

私は本当に弘一君の頭がどうかしたのではないかと思った。

「いいんだよ、破れたって。それは僕の家から持って来た花瓶なんだから。サア、早く投げてくれ給え」

それでも私が躊躇していると、彼はじれて、ベッドの上に起上り相になる。そんなことされては大変だ。身動きさえ禁じられている身体ではないか。

気違いじみているけれど、病人にさからうでもないと観念して、私はとうとう彼の馬鹿馬鹿しい頼みを承知した。開いた窓から、その花瓶を、三間ばかり向のコンクリート塀へ、力一杯投げつけたのだ。花瓶は塀に当って粉々に砕けてしまった。

弘一君は首を上げて花瓶の最後を見届けると、やっと安心した体で、グッタリと又元の姿勢に帰った。

「よし、よし、それでいいんだよ。有難う」呑気な挨拶だ。私は今の物音を聞きつけて、誰か来やしないかと、ビクビクものでいたのに。

「ところで、常爺やの妙な挙動だがね」