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なにもの

何者

江戸川 乱歩

「時事新報 夕刊」時事新報社、1929(昭和4)年11月28日~12月29日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,449 字 · 77 页

青空文庫

「イヤ、そういう意味じゃないのです。犯人は井戸から向うは足跡をつける必要がないと誤解したのです。滑稽な心理的錯誤ですよ。あなたは御存知ありますまいが、あの事件の二三日前まで、一月余りの間、井戸から向うの空地に、古材木が一杯置き並べてあった。犯人はそれを見慣れていたものだから、つい誤解をしたのです。彼はそれの運び去られたのを知らず、あの晩もそこに材木がある、材木があれば犯人はその上を歩くから足跡はつかない、つけなくてもよい。と考えたのです。つまり闇夜故の飛んだ思い違いなんです。若しかしたら、犯人の足が井戸側の漆喰にぶつかって、それが材木だと思い込んでしまったのかも知れませんよ」

アア、何とあっけない程に簡単明瞭な解釈であろう。私とてもその古材木の山を見たことがある。いや、見たばかりではない。先日赤井さんが意味ありげに古材木の話をしたのを聞いてさえいる。それでいて、病床の弘一君に解釈の出来ることが、私には出来なかったのだ。

「すると君は、あの足跡は犯人が外部から来たと見せかけるトリックに過ぎないと云うのですね。つまり、犯人は結城邸の内部に隠れていたと考えるのですね」