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きずあとのはいけい

傷痕の背景

豊島 与志雄

「中央公論」1929(昭和4)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,022 字 · 38 页

青空文庫

彼等は、何等かの意味で、田代芳輔が再び起つ――或は新らしく起つことを、信じていた。世間には発表されずにしまった或る対宮中問題の責を引いて、今ではただ、余生を楽しむらしい風をしているが、精力や富力からして、それで終るべき人物ではなかった。で、この集りでは、大震災の思い出も、話の主題となり得ないで、時事を中心とする政治経済の談話の、随伴物たるに過ぎなかった。而も、その政治経済上の問題も、断片的に、諷刺的に、暗黙の理解のうちに取扱われて、言葉で語られるよりも、言外の気味合で触れられることが多かった。外見、一夕の宴は、世間的な談笑のうちに過ぎていった。賢明な田代夫人は、早めに形式的に飯を出してしまうと、後の酒宴からは席をさけて、女中たちをも侍らせなかった。

その全体とは、少し調子がちがって、露骨に、辛辣に、詭弁的に、だが多少鈍重に、鈍感に、憚りなく談笑してる一群が、庭の一方にあった。強いリクールの瓶は多く、彼等の手に奪われていった。多くの漫画が、時には田代芳輔自身の漫画までが、或は細密に、或は横顔だけ、漫談のうちに描かれていった。哄笑が起った。そういう時、彼等の癖として、坐り直したり、立上ったり、一二歩あるき出したり……。