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きずあとのはいけい
傷痕の背景
豊島 与志雄
「中央公論」1929(昭和4)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,022 字 · 38 页
流言浮説は深刻の頂上に達していた。自戒団や避難民で街路は湧き立っている。……が、その間に、まだ電燈のともらない裏通りなどに、変に薄暗い、人気の少い穴みたいなところがある。そんなところが最も危険だ。特に、広い墓地を控えた寺の入口など……。その或る寺の入口に、石の仏像が一つあった。すると、三日の夜、誰かが、気転を利かして、在郷軍人の、軍服の上衣と帽子を、その石の像にかぶせた。そして、軍服をきた石の像が、四日をすぎて、五日の朝まで、そのままつっ立っていた……。畑の中の案山子なんかより、もっと有効に……。
「ばかな!」
有吉が一喝した。
その時になって、話のおかしな感銘を一同は感じたらしかった。それが、杉本の口を噤ました。
「愚弄するのか……。」
「…………」
杉本は腑に落ちない顔付で、ぼんやり立上った。その腕を、有吉は掴んだ。
「案山子とは何だ、案山子とは……。」
「然し、街路樹よりも……。」
杉本は突き飛されたのを感じた。それをふみこたえた瞬間、顔の前に、大きな挙が突出された。
「こい!」
酔っていた。何のことかよく分らなかった……誰にも。好奇の色を帯びた真剣な眼が、幾つも光った。