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あにのこえ

兄の声

小川 未明

「子供の広場」1946(昭和21)年4月

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 4,426 字 · 9 页

青空文庫

おかあさんは、ぼくに向かって、よくこういわれました。

「小さいときから、おまえのほうは、気が強かったけれど、にいさんはおとなしかった。まだおまえが、やっとあるける時分のこと、ものさしで、にいさんの頭をたたいたので、わたしがしかると、いいよ、武ちゃんは、小さいのだものといって、にいさんは、おこりはしなかった。ほんとうに、がまん強い子でした。」

ぼくは、そうきくと、物心のつかない幼時のことだけれど、なんとなく、いじらしい兄のすがたが目に浮かんで、悲しくなるのです。

兄が召集されてから、後のことでした。

えんがわに、兄のはいていたくつがかわかしてありました。まだ落とし残されたどろがついています。朝晩、兄は、このくつをはいて、通勤もすれば、また会社の用事で、方々をあるきまわったのでした。ときどきは、映画館の前にも立てば、喫茶店へも立ちよったでありましょう。なにしろ、かけがえのくつを持たなかったから、かかとはへるにまかせて、いたんでいました。もっとも、一度、街頭で朝鮮人のくつなおしに裏皮をとりかえさせて、月給のほとんど全部を払わせられたことがあります。考えれば、このくつには、兄のふんできた生活の汗がにじんでいるのでした。