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ひかりあういのち

光り合ういのち

倉田 百三

「いのち」1937(昭和12)年2月号から連載

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 130,439 字 · 263 页

青空文庫

私は鶴が飛び立ってしまったような空虚さを感じた。その後先生にはお目にかかる機会もなく年月は過ぎてしまった。

が私が二十七歳のとき、はからずも先生から「出家とその弟子」を読んだよろこびと、見舞いとのお手紙が届いた。私は昔を思って喜びとなつかしさにつつまれ、人生の不思議と人の心の感応とを思い、結局はひとつの生の悲しみ――運命の意識にとらえられて行くのであった。私はちっとも知らなかったが先生は東城という北備のとある城下町の浄土真宗の由緒ある寺の住職であったのであった。

僧としての先生は清沢満之の流れを汲む浄土真宗の信者であったのだ。

十六、七歳のあの頃の少年、殆ど口をきいた事もない図画の教え子が、今度は人生の悲しみをもう知って、運命の何たるかにふれ、自分と同じ親鸞の信仰の徒となって目の前に現われているのを見たとき、先生の方でも深く心を動かされたものらしかった。私のことを覚えていて下さったのだ。

私はこの頃時々思う。昔の私には何か人の心に沁む何ものかがあったのではあるまいか。もしあったとすれば、それは世ずれのせぬ純情さ、玉のように傷つかないシンセリチイ以外には考えられない。