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ひかりあういのち

光り合ういのち

倉田 百三

「いのち」1937(昭和12)年2月号から連載

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 130,439 字 · 263 页

青空文庫

重子の下に二つちがいの艶子がおり、私もまだ五つでは母も手がまわり兼ねたのであろう。次女の雪子はその時すでに十六で父の実家佐々木家に養女に行っており、三女の種子は十四で尾道の伯父の家にこれも養女に行っていた。家には長女の豊子十八と、四女の政子十と、赤ん坊の六女艶子とがいた。家は太物商で裕福に暮らしていた。

その頃は何ごとも知る由もなかったが、子供を幼いころ、養女にやるということは子供の運命にとって容易ならぬことだ。雪子姉と重子とが両親の膝元に育った私たちに比べて、その後どんなに苦しんだか、境遇の相異のために、性格までも一時は違うかと思われる程であった。しかし年長けるに従い、私たち同胞は結局同じ両親から出た、同じ血液型の性格であることがハッキリとあらわれて来た。しかしそれは雪子姉や、重子が境遇にめげず、自分を失わずに切りぬけて来たからだ。

正直で、感情が豊かで、諸芸がよく出来て、宗教心が深いこと、しかし実務上の処世術にうとく、余程がっちりと努力しなくては世間の荒波を乗り切り難いような性格――これが私たち同胞が親から享け継いだ遺伝である。

父は正直な、謙遜な、温良な玉のような人間であった。