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ひかりあういのち
光り合ういのち
倉田 百三
「いのち」1937(昭和12)年2月号から連載
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 130,439 字 · 263 页
そして叔父が自分があずかるとしきりに主張して私を父からあずかったのであった。この叔母が私があの「出家とその弟子」をささげた「信心深き叔母上」なのだ。そして叔父は特別な性格者であった。五年間、私はこの宗藤家に起き臥しした。これが私の現実修行の第一歩であった。
そのころの私と言えば、赤い靴足袋を穿いて、黄色っぽい羽二重の筒袖を着て、鞄を肩から脇へかけた初々しい少年だった。菓子屋とメンコ屋の外は一人で買物にも行けないという世間知らずなのだ。女ばかりの姉妹たちの好みが服装から何まで支配しているのだ。
ところが宗藤の家風は私の家とは全然違ったものであった。叔母の嫁したころは酒屋だったが、失敗して今は古着商であった。僅かな、見ばえのしない品物が店に並び、店頭には古着の半纏や股引きなどがぶら下っていた。屋根看板も上っていなかった。非常にきりつめた、倹約な、暮しの立て方であった。これは叔父が変質的な性格で必要以上にそうさせていたのだ。血のつながらぬ養父(叔父の)は七十歳を越えた老人であったが、これが又頑固なゆとりのない人であった。養母はもう亡くなっていたが、これは盲目で、不自由な人であったそうだ。