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ひかりあういのち
光り合ういのち
倉田 百三
「いのち」1937(昭和12)年2月号から連載
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 130,439 字 · 263 页
あのアララギの中村憲吉君は四年生で、その会の回覧雑誌の部長をしていた。その頃から静かな、賢い人で私は尊敬していた。その弟の三之助君に勧められて、私は白帆会に入った。
私は初めてこの会で演説した。この一生の処女演説は「自然の美」というのであった。中村憲吉君がほめてくれた。回覧雑誌へは短い小説を書いた。「捨子」というので書き出しは今でもおぼえている。
「夜はしんしんと更け渡り、人影絶えたるここ上野の池のほとり、サツと音して吹き来る一陣の風に、木ノ葉二片三片散りたる後は、何ものもこの寂寞を破らんとするものなし……」
まったく冷汗ものだ。だが二、三カ月も経たぬうちに、こんなのは月並みというものだということはもう会得していた。私は進んで演説をし、文章を書き、尻込みしなかった。ハニカミ屋なのだが学芸に関しては他人より劣ってはならぬという自負が強かった。植松先生という算術の先生が、同時に文学者でこの回覧雑誌の批評を受持っていられた。この先生は特別私をヒイキして下さった。その愛は私によく解った。しかしそれは自然であった。私は算術と文章とが得意だったから。私はこの先生から自由の精神、気障を嫌う卒直の態度を学んだ。