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いりむこじゅうまんりょう

入婿十万両

山本 周五郎

「婦人倶樂部」大日本雄辯會講談社 、1936(昭和11)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,650 字 · 22 页

青空文庫

「――出来る、見損った」

五郎兵衛は半身を起したまま、浅二郎の後姿を見送って嘆賞の声をあげた。

この有様をもう一人、それこそ夢見るような気持で見まもっていた者がある、――街並の軒に隠れていた女――不由であった。所用あって通りかかりに、思いがけぬ浅二郎の姿を発見して、彼女は身動きもならず立ちすくんでいたのだ。

「まあ……あの浅二郎さまが」

頬を染め、熱い太息をつきながら、不由の眼は遠のく浅二郎の姿を覓めていた。

その夜、――夕食が終って後、居間へ引取った浅二郎は、机の上に筆紙をひろげて、長いこと何か書き物をしていた。四つ頃(午後十時頃)であった、襖をそっと開けて不由が入ってきた。

「まだお寝み遊ばしませぬか」と云う、浅二郎はちらっと見やって、

「はあ、いま少し――」

と云ったまま再び書き物を続けた。不由はしばらく黙っていたが、

「お茶をお淹れいたしましょうか」

と訊いた。かつてないことである、浅二郎は訝しく思って眼をあげた、何としたことであろう、不由の顔には薄く化粧が匂っている、帯にくくられた豊な腰の丸みも、かたく盛上った胸のふくらみも……今宵は見違えるように嬌めかしい。