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はこだてのたいかについて
函館の大火について
寺田 寅彦
「中央公論」1934(昭和9)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,023 字 · 20 页
出火当初に消防方針を定めまた市民に避難の経路を指導することができたとしたらおそらく、あれほどの大火には至らず、また少なくもあんなに多くの死人は出さずに済んだであろうと想像される。こういうことはあらかじめ充分に研究さえすれば決して不可能なことではないのである。
それからまた不幸にして最初の消防が失敗しすでにもう大火と名のつく程度になってしまってしかも三十メートルの風速で注水が霧吹きのように飛散して用をなさないというような場合に、いかにして火勢を、食い止めないまでも次第に鎮圧すべきかということでも、現代科学の精髄を集めた上で一生懸命研究すれば決して絶対に不可能なことではないであろう。
現代日本人の科学に対する態度ほど不可思議なものはない。一方において科学の効果がむしろ滑稽なる程度にまで買いかぶられているかと思うと、一方ではまた了解のできないほどに科学の能力が見くびられているのである。火災防止のごときは実に後者の適例の一つである。おそらく世界第一の火災国たる日本の消防がほとんど全く科学的素養に乏しい消防機関の手にゆだねられ、そうして、いちばん肝心な基礎科学はかえって無用の長物ででもあるように火事場からはいっさい疎外されているのである。