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はこだてのたいかについて
函館の大火について
寺田 寅彦
「中央公論」1934(昭和9)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,023 字 · 20 页
そのために東北地方から北海道南部は一般に南西がかった雪交じりの烈風が吹きつのり、函館では南々西秒速十余メートルの烈風が報ぜられている。この時に当たってである、実に函館全市を焼き払うためにおよそ考え得らるべき最適当の地点と思われる最風上の谷地頭町から最初の火の手が上がったのである。
古来の大火の顛末を調べてみるといずれの場合でも同様な運命ののろいがある。明暦三年の振袖火事では、毎日のように吹き続く北西気候風に乗じて江戸の大部分を焼き払うにはいかにすべきかを慎重に考究した結果ででもあるように本郷、小石川、麹町の三か所に相次いで三度に火を発している。由井正雪の残党が放火したのだという流言が行なわれたのももっともな次第である。明和九年の行人坂の火事には南西風に乗じて江戸を縦に焼き抜くために最好適地と考えられる目黒の一地点に乞食坊主の真秀が放火したのである。しかし、それはもちろんだれが計画したわけでもなく、偶然そういう「大火の成立条件」がそろったために必然的に大火が成立し、それがためにこそ稀有の大火として歴史に残っているに過ぎないのである。同様に現在の函館の場合においても偶然にも運悪くこの条件が具備していたために歴史的な大火災ができあがったに相違ないのである。