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はつつぼみ
初蕾
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1947(昭和22)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,525 字 · 35 页
、事実そう思うことがしばしばあった。――あたしにはとてもできない、これでいけなければ出てゆくまでさ。そんなやけな気持になったことも、三どや五たびではなかったのである。はま女とは違った意味で、うめが辛抱したのもつまり小太郎という者があるためだった。ながいことではない、精ぜいもう八月、誕生が来て乳ばなれするまでだから、彼女はそう考えながら、できるだけ家人に逆らわないように、教えられることに従うようにと努めていった。
「あなたは習字をなさらないか」
年が明けて二月になったある日、はま女がなにか思いついたというようすでそう云った。
「読み書きぐらいは覚えておいて損のないものです、よかったらお手引きぐらいはしてあげますから」
その頃にはうめの気持も少しずつはま女のほうへ傾むいていたので、すなおに教えて頂きたいと頼んだ。これが新しい生活へふみだすきっかけとなった。姿勢を正し墨を摺る、手本を披き、紙をのべ、呼吸をととのえてしずかに硯へ筆を入れる、快い墨の香が立って、云いようもなく心が鎮まる、……はじめは肩が凝り気に詰ったけれど、かな文字を五つ七つと覚えはじめるにつれ、習字をしたあとの清すがしくおちつく気持と、なにかしらよいことをしたという満足感は、うめにとっては初めての大きなよろこびであった。