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こくこく
刻々
宮本 百合子
「中央公論」1951(昭和26)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,401 字 · 73 页
――自分は段々椅子の上で体の向きをかえ、主任の方へすっかり背中を向けてしまった。
信じられないようなことが事実であった。或る男が没落して、私が作家同盟の或る同志に個人的に貸した金のことに言及した。金、金と云われるのはそのことなのであった。
二日ばかりかかって書類に一段落つくと、中川は、
「ところで、愈々将来の決心だが……」
と、睨むように私を眺め、万年筆をおいて煙草に火をつけた。
「帰れるか、帰れないかがきまるところだから、よく考えて答えたまえ!」
夜七時頃で、当直が一人むこうの卓子で何か書いているきり、穢い静かな高等室の内である。
一切非合法活動をしないと誓えるか、と云った。
「――そんな約束は出来ない」
自分は、ねんばりづよく押しかえした。
「合法、非合法の境は、そっちの勝手でどうにでもずらすんだから、私が知ったことではない」
マルクス主義作家として、飽くまでも合理的な文化建設のために働くことを任務とすると、自分は口述した。
「ふむ……」
煙草をふかしながら、自分の書いた文字を中川はやや暫く眺めていたが、
「――ここは変えられないかね」
灰をおとした煙草の先で示した。