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ぜんきてんまやけ

前記天満焼

国枝 史郎

「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页

青空文庫

珠を払うとヒョイと立った。

「本筋から手繰って行くことにしよう」

土間を下りると雪駄を穿き、格子をあけると戸外へ出た。

午前六時頃の日射しである。

早朝だけに人通りが少なく、朝寝の家などは戸を閉ざしている。

須田町から和泉橋、ずっと行って両国へ出たが、駕籠を拾うと走らせた。

「へいよろしゅうございます」

駕籠屋に対しても丁寧である。酒手まではずんだ丁寧松は、駕籠を下りると歩き出した。

13

立派な旅籠屋が立っていた。

すなわち目的の柏屋で、下女が店先で水を撒いてい、番頭が小僧を追い廻している。

「御免下さい」と声をかけ、丁寧松は帳場の前へ立った。

「宇和島様おいででございましょうか」

「へい」と云ったは番頭であった。ジロジロ松吉を見廻したのは、品定めをしたのに相違ない。

「ええどちら様でございますかな?」

居るとも居ないとも返事をせず、相手の身分を訊いたのは、大事を執ったためなのだろう。

鼻が平らで眉が下っていて、人のよさそうな人相ではあったが、眼に一脈の凄味がある。大きな旅籠屋の番頭なのである。人が良いばかりでは勤まらない、食えない代物には相違あるまい。

「加賀屋の者でございますがね」