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ぜんきてんまやけ
前記天満焼
国枝 史郎
「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页
そこは松吉岡引である。加賀屋を活用したのである。
「おや左様でございましたか。これは失礼をいたしました。へいへい確かに宇和島様には、昨晩からお宿まりでございますよ」
――加賀屋から来たと聞いたので、番頭は安心をしたらしい。
「ちょっくらお目通りいたしたいもので」
「ちょっとお待ちを」と云いながら、番頭は女中へ頤をしゃくった。取次げという意味なのだろう。
すぐに女中は小走って行ったが、どうしたものか帰って来ない。かなりの時間を取ってから、もっけの顔をして飛び帰って来たが、その返事たるや変なものであった。
「どこにもおいででございません」
「冗談お云いな、馬鹿なことを」
番頭の言葉におっ冠せ、お杉という女中は云い張った。
「いえ本当なのでございますよ。どこにもおいでなさいませんので。お部屋にも居られず厠にも居られず、もしやと思って裏庭の方まで、お探ししたのでございますが、やっぱりお姿は見えませんでした。それで、念のために一部屋一部屋、お尋ねしたのではございますが……」
「お姿が見えないというのだね」
「はい、そうなのでございますよ」
「ふふん」と云ったが怪訝そうである。