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かご
加護
宮本 百合子
「大阪毎日新聞(夕刊)」1920(大正9)年8月17日~28日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,147 字 · 33 页
広田さんの病気は、昨日今日に始まったことではなかった。もう半年ほども腎臓が悪く、近頃は暑気でめっきり弱ったことは、知り抜いていたのである。がげんにその前の日見舞に行った時に、衰えてこそおれそんな急なことはありそうにもなく美味そうに梨の汁などを啜っているのを見て来た彼女は、それを聞くと一緒に、
「死んだ? 広田さんが? お前何か聞き間違ったのじゃあないかい」
と念を押したほど、仰天した。勿論一刻も猶予してはいられない。あわてる女中を急き立てて喪服に更えるとお幾は、帯留を啣(くわ)えたまま、俥に乗った。折悪しく近所の工場の退け時で、K町の狭い通りは浅葱色の職工服や空の荷車で夕闇も溢れるほどの混雑をしている。
その間をようように抜けて質素なお恵さんの家の小門の前に梶棒がおりると、彼女は、もう堪らなさそうな泣顔になりながら、取次の女中を突のけて奥の間へ馳け込んだ。
ことがあまり突然だったためか、家中は、気味の悪いほどしんとしている。その寂寞の中で自分の気勢(けはい)に我ながらハッとしたお幾は、袂で啜泣を押えながら、廊下を抜けて勝手知った主人の居間へ行った。