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ちよじのおどろき

千代次の驚き

豊島 与志雄

「文学界」1934(昭和9)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,413 字 · 19 页

青空文庫

もと芳町のりっぱな芸者で、箱やさんといっしょになって、長年苦労したあげく、爺さん婆さんになって、二人で仲よく乞食をしてあるいてるのだという、その人たちに出逢って、あたし、五十銭銀貨をあげました。

そしてるところへ、或る朝、夜廻りの作さんが、あたしをそっと呼びだしました。昨晩おそく、この辺をうろついてた男がいた。前の通りや横町を、ゆっくりと往ったり来たりしていて、それが、あたしの家の前にさしかかると、立止るともなくちょっと足をゆるめて、家のなかの様子に注意をむけてる風だった。作さんは、その男とすれちがってから、あとで何だか気になり、暫くして戻ってきてみると、やっぱりそうなので、ふと耳にはさんだあたしの話を思いだし、こいつかなと思ったのでした。黒いマントをすっぽりときて、黒い帽子をふかくかぶって、それほど寒くもないのに、襟巻で頬をつつんでるんだそうです。この野郎と、つかまえるつもりで、作さんが向っていくと、先方では早くも気がついて、つと横町へ切れこんだかと思うまに、歩いてるのか駆けだしてるのか、足音もさせないで、それが風のような早さで、消えてなくなってしまったのでした。