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ちはやかんのめいろ

千早館の迷路

海野 十三

「ロック 増刊 探偵小説傑作選」1947(昭和22)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,829 字 · 50 页

青空文庫

「出来るだけ近くまで行ってみましょう」

帆村が、やっとそれだけをいって、春部をふりかえった。春部は肯いた。帆村は彼女の方へ自分の腕を提供した。二人は愛人同士のようにして、林の間を縫う坂道を下って行った。

「あんな気味のわるい建築物は始めて見ましたわ。悪趣味ですわねえ」

春部の声は、すこし慄えを帯びていた。

「日本人の感覚を超越していますね」

「しかし人間の作ったものとしては、稀に見る力の籠り工合だ。超人の作った傑作――いや、それとも違う……魔人の習作だ。いや人間と悪魔の合作になる曲面体――それも獣欲曲面体……」

「えっ、何の曲面体?」

このとき帆村は、はっと吾れにかえり、

「はっはっはっ。いや、ちょっと今、気が変になっていたようですよ、突然あんなものを見たからでしょう」

帆村のさしあげた洋杖の先に、雑木林の上に延び上っているような千早館のストレート葺きの屋根があった。

「あれは古神子爵がひとりで設計なすったんですの」

「さあ、全部はどうですかね。しかし古神君は非常な天才であり、そして実に多方面に亙る知識を持っており、時間さえ構わなければ、彼ひとりの力でもって設計をやり遂げることも出来たと思います」