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はんのすけしゅうげん
半之助祝言
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1951(昭和26)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,997 字 · 44 页
――埴谷城代は七年まえにこれを埋立て、夏は稲田、冬は畑として、おめみえ以上の青年たちに、一年交代で耕作させて来た。土の鋤き返しから種蒔、苗代から施肥、収穫、脱穀、俵詰めまで、すべてかれらがやるのだそうである。
玄武社の社中はみなめみえ以上であって、しぜんこの勤労奉仕の徴用はまぬがれないから、悲憤の情もまた強烈であった。
「こんな状態がもう四五年も続けば」と、仲木小助が、(彼はこれまでずっと沈黙していたが)まなじりをあげて叫んだ、
「――私は保証するが、われわれはみな本職の百姓になってしまうよ」
「四五年も待つことはないさ」久保大六も憤然と云った。
「――去年の米の出来には百姓どもが舌を巻いて感心したじゃないか」
半之助は思わず誘われて、
「それでは浪人しても食う心配がなくていい」
こう云って、つい笑ってしまった。かれらはぴたりと口をつぐみ、恐ろしいような眼をして、一斉に半之助を睨みつけた。
半之助の役名は、「城代家老司書」という、従来にないもので、勤めは埴谷図書助に直属の秘書官、というぐあいのものだった。これは埴谷城代が近年いっそう我儘になり、城へは殆ど上らず、老職事務も自邸で執るというふうなので、藩侯が特に命じて設けた役目であった。