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しょうせつかたらんとするせいねんにあたう

半自叙伝

菊池 寛

菊池寛『半自叙伝』。同一底本的分册已合并为一书。收入:小説家たらんとする青年に与う、私の日常道徳、志賀直哉氏の作品。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,766 字 · 19 页

青空文庫

客観と主観とが、少しも混乱しないで、両方とも、何処までも本当に表現されている。何の文句一つも抜いてはならない。また如何なる文句を加えても蛇足になるような完全した表現である。この表現を見ても分る事だが、志賀氏の物の観照は、如何にも正確で、澄み切っていると思う。この澄み切った観照は志賀氏が真のリアリストである一つの有力な証拠だが、氏はこの観照を如何なる悲しみの時にも、欣びの時にも、必死の場合にも、眩まされはしないようである。これは誰かが言ったように記憶するが、「和解」の中、和解の場面で、

「『えゝ』と自分は首肯いた。それを見ると母は急に起上つて来て自分の手を堅く握りしめて、泣きながら『ありがたう。順吉、ありがたう』と云つて自分の胸の所で幾度か頭を下げた。自分は仕方がなかつたから其頭の上でお辞儀をすると丁度頭を上げた母の束髪へ口をぶつけた。」と描いてある所など、氏が如何なる場合にも、そのリアリストとしての観照を曇らせない事を充分に語っている。

志賀氏の観照は飽くまでもリアリスチックであり、その手法も根柢においてリアリズムである事は、前述した通りだが、それならば全然リアリズムの作家であろうか。