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まんじ

卍

谷崎 潤一郎

「改造」改造社、1928(昭和3)年3月~1929(昭和4)年4月、6月~10月、12月~1930(昭和5)年1月、4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,618 字 · 258 页

青空文庫

いうのんで、「大阪の誰やねん?」いいますと、「誰ともいやはれへんけど、大急ぎで電話口までいうてはります」いうのんです。「もしもしどなた様ですか」いいますと、「姉ちゃん、あて――あてや」いうのんが、光子さんより外にそんないいようする人はないのんですけど、それが電話が遠いのんか、小声でいうてるのんか、聴き取れんぐらいかすかやのんで、何や誰ぞにわるさでもしられてるような気イして、「あんた誰ですねん? はっきり名前いうて頂戴、何番い電話かけなさったん?」と念押しますと、「あてやわ、姉ちゃん、あて西宮の一二三四番へかけてんねんわ」と家の電話番号をいう声が、聞いてるとやっぱり紛れものう光子さんで、「……あてなあ、今大阪の南の方にいるねんけど、えらい目に遭うてしもて、……着物盗まれてしもてん。」「何やて、着物を?……あんた何してたん?」「あてお風呂い這入っててん。……此処なあ、南地の料理屋で、内にお風呂あるよって。……」「ふうん、なんでまたそんなとこい行てたん?」「そらいろいろ訳あるねんけど、……こないだから是非姉ちゃんに聞いてもらわんならん思ててんけど、……ま、その話あとでゆっくりいうよって、……あて今えらいえらい難儀してるよって、……どうぞ助ける思て、あのさっき着てた揃いの着物なあ、あれ大急ぎで届けて欲しいねん。