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ききにおけるりろんてきいしき
危機における理論的意識
三木 清
「改造」1929(昭和4)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,790 字 · 16 页
かくのごときことは真理ということをのみひたすらに問題とすべきはずの学者の間にあってさえ存在するのである。彼らは自己の思想を真という価値においてでなくかえって善という性格において意識していることがしばしばである。それだからこそ或る者は彼の思想が理論的に反駁されればされるほど、理論的にその欠陥が指摘されればされるほど、かえってますますこれを弁護するに到る。彼はこの弁護において或る種の道徳的義務を感じていよいよ興奮する。彼の議論は義憤に変る。学者は今や憂国の志士として現われる。彼は自己と反対の思想を有する者をもって何らか危険な者、下劣な者、不道徳な者であると見なすに到る。我々は我々の経験において独断論者が最も多くの場合このような現象形態をとって出現するのに出会うであろう。このとき叫ばれるのはいつでも思想の危機である。思想の危機の叫びは、かくのごとく、現実においては思想の性格ということに最も多く関係している。思想の危機の叫びのうちに表現されるものは、思想における理論的なものでなくて性格的なものである。
思想の性格というのはひとつの実践的な概念である。それは思想が思想である限りの思想に属するのでなく、思想が人間社会に働きかける関係についての規定である。