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ふるいど

古井戸

豊島 与志雄

「中央公論」1925(大正14)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,433 字 · 43 页

青空文庫

そして、その晩も、翌日も、変梃な気持で過した。庭の方を見ると、円い自然石が、植込の茂みの葉裏のせいか、茫と青白く光ってるようだった。そして古井戸の跡は、一面に四五寸ほども落ち凹んで、もう苔生して、くっきりと円い形を現わしていた。

「何をぼんやり考えこんでいらっしゃるの。」

そう云って縁側に屈みこんでる彼の方を、房子が覗きこんできた。

その、眼の光の鈍い善良な顔付を見て、彼はふと、凡てを彼女に打明けてみる気になった。

「まあー。」

呑気そうな彼女の顔が一寸固くなった。

「ですが、何処のことだかよく分らない昔話と、ただ一度の夢とだけですから、或は気のせいかも知れません。」

「けれど、そう云えば、あの石だって何だか変ですわね。……どうしてあんな石を、庭の真中に据える気になったのでしょう。」

「いえ、あの石だけなら、面白いじゃありませんか。……いや屹度、気のせいかも知れません。こんな話は誰にも内緒にしといて下さい。うっかり話して、人の笑い草になっちゃつまりませんから。」

「ええ、それはもう、どなたにも話しはしませんけれど……。」

「変な時に、お菊の芝居なんか、とんだものを見たものです。