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ふるいど
古井戸
豊島 与志雄
「中央公論」1925(大正14)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,433 字 · 43 页
「叱られやしませんか。」
「いいのよ。構やしないわ」
快活になると共に、母親を馬鹿にするような素振を見せ出した。ばかりでなく、父親をも軽んじ初めたようだった。
彼は不思議な気持で、その様子を見守っていた。
松木は帰って来て光子が見えないと、階下から大きな声で呼び立てた。
「そら。」
皮肉な笑顔をして光子は降りていったが、夜になるとまた、松木が茶の間に控えている前も平気で、二階の方にやって来ることがあった。
「あたし、お父さんと喧嘩してやったの。」
「お父さんと……。」
彼は驚いて、彼女の得意げな顔を見つめた。
「ええ。だってひどいんですもの。二階に上っちゃいけないと云ったり、二階に上りっきりで降りてきちゃいけないと云ったり……。あたし口惜しいから、井戸に飛びこんでやるって、庭に駆け出してみせたの。」
「なんでまたそんな喧嘩をしたんです。」
「分らないわ。お前のような親不孝者はないって、拳骨を振上げなすったから、あたし井戸のところまで駆けていってやったの。」
彼は別に気にもかけずに聞き流したが、光子が時々井戸に飛び込むと云って駆け出すことがあるのを、房子から聞いて喫驚した。