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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

でぼんやり佇んでいた。するとまたもや同じ声がした。

「待っていたよ、はいるがいい」

度胆を抜かれた銀之丞は、今度は極度の好奇心に、追い立てられざるを得なかった。

彼は大胆にはいって行った。三十歩あまりもあるいた時、「ここだ!」という声が聞こえて来た。それは廊下の横からであった。見るとそこに開いた扉があった。で、内へはいって行った。カッと明るい燈火の光が、真っ先に彼の眼を奪った。そのつぎに見えたのは一人の老人で、部屋の奥の方に腰かけていた。

「オイ若いの、戸を締めな」その老人はこういった。

いわれるままに戸を閉じた。それから老人を観察した。身長が非常に高かった。五尺七、八寸はあるらしい。肉付きもよく肥えてもいた。皮膚の色は銅色でそれがいかにも健康らしかった。ただし頭髪は真っ白で、ちょうど盛りの卯の花のようで、それを髷に取り上げていた。銀のように輝くのは、明るい燈火の作用であろう。高い広い理智的な額、眼窩が深く落ち込んでいるため、蔭影を作っている鋭い眼……それは人間の眼というより、鋼鉄細工とでもいった方が、かえって当を得るようだ。美術的高い鼻、強い意志を現わした、固く結ばれた大きな口……顔全体に威厳があった。