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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

それを外した丑松は、逃げ場を失って北側の廊下を、西の方へ走って行った。そこへ飛び出したのが次郎吉であった。撲る、蹴る、掴み合う! やがて一人が「ウ――ン」と呻き、バッタリ仆れる音がした。二人の人間は立ち上がり、はじめて顔を見合わせた。

「玻璃窓の旦那、お久しぶりで」

「おっ、貴様は和泉屋次郎吉!」

「あぶないところでございましたなあ」

「それじゃ貴様が何かを投げて……」

「走って行っちゃ間に合わねえ。そこで鼓を投げやした」「ううん、そうして俺を助けた!」「へん、敵を愛せよだ!」「眼力たがわず和泉屋次郎吉、わりゃあやっぱり鼓賊だったな!」「だが鼓はこわれっちゃった」「捕った!」というと平八は、次郎吉の手首をひっ掴んだ。

「見事捕る気か! さあ捕れ捕れ! だが命の恩人だぞ!」

「ううん」というと平八は、とらえた次郎吉の手を放した。

森然と更けた夜の館、二人は凝然と突っ立っていた。

一方こなた平手造酒は、次郎吉と別れるとその足で、出邸の一つへ走って行った。出邸には全く人気がなく、矢狭間造りの窓から覗くと、内部は整然と片付けられていた。で、内へはいってみた。ここへ七人立てこもったなら、五十人ぐらいは防げようもしれぬと、そう思われるほど厳重をきわめた砦のような構造であったが、しかしどこにも隠れ戸もなければ、地下へ通う穴もなかっ