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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页
北辰一刀流の開祖といえば、千葉周作成政であった。生まれは仙台気仙村、父忠左衛門の時代まで、伊達家に仕えて禄を食んだが、後忠左衛門江戸へ出で、医をもって業とした。しかし本来豪傑で、北辰無双流の、達人であり、本業の傍ら弟子を取り、剣道教授をしたものであった。その子周作の剣技に至っては、遙かに父にも勝るところから、当時将軍お手直し役、浅利又七郎に懇望され、浅利家の養子となったほどであった。後故あって離縁となり、神田お玉ヶ池に道場を開き、一派を創始して北辰一刀流ととなえ、一生の間取り立てた門弟、三千人と註されていた。水戸藩の剣道指南役でもあり、塾弟子常に二百人に余り、男谷下総守、斎藤弥九郎、桃井春蔵、伊庭軍兵衛と、名声を競ったものであった。
ある日、千葉家の玄関先へ、一人の田舎者がやって来た。着ている衣裳は手織木綿、きたないよれよれの帯をしめ冷飯草履を穿いていた。丈は小さく痩せぎすで、顔色あかぐろく日に焼けていた。
「ご免くだせえ。ご免くだせえ」さも不器用に案内を乞うた。「ドーレ」といって出て来たのは小袴を着けた取り次ぎの武士。
「ええどちらから参られたな」