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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

「ヤ、ヤ、ヤ、ヤ……ヤ、ヤ、ヤ、ヤ」こう気合を畳み込んで、藤作は前へ押し出して行ったが、相手の田舎者は微動さえしない。同じ場所に立っていた。一歩も進まず一歩も退かない。盤石のような姿勢であった。そうして全身隙だらけであった。しかも上段に振り冠っていた。

見当のつかない試合ぶりであった。

「胴!」とばかり藤作は、風を切って打ち込んだ。ポーンといういい音がした。

「擦った!」と田舎者は嘲笑った。審判席からも声が掛からない。で藤作はツト退いた。じっと双方睨み合った。

「小手!」とばかり藤作は、再度相手の急所を取った。

「擦った」と田舎者はまたいった。嘲けるような声であった。審判席からは声が掛からない。

またも双方睨み合った。

「面!」と一声藤作が、相手の懐中へ飛び込んだとたん、

「野郎!」という劇しい声がした。その瞬間に藤作は、床の上へ尻餅を突いた。プーンときな臭い匂いがして、眼の前をキラキラと火花が飛び脳天の具合が少し変だ。「ははあ、おれは打たれたんだな」……そうだ! 十二分にどやされたのであった。

「勝負あった」と審判席から、はじめて定吉の声がした。

「参った」といったものの秋田藤作は、どうにも合点がいかなかった。