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ほえる
吠える
宮本 百合子
「新小説」1926(大正15)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,148 字 · 5 页
軒下へ犬小舎を置いてやらない主人は、雨が一日びしょびしょ降りつづいても、小舎を雨ざらしの門傍に出したままだ。坂からの傾斜があるから、泥水はどしどし門内に流れ込む。粘土が泥濘になる。小舎の敷藁――若しあるとして――もぐちょぐちょであろう。斑の、いやに人間みたいな顔付の犬は、小舎の中にも居られず、さりとて鎖があるから好きな雨やどりの場所を求めることも出来ない。苦しまぎれに、自分の小舎の屋根の上に登って四つ脚で突立っている。毛は絶えず雨に打たれる。食物の空瀬戸茶碗がころがっている。樫の枯葉が背中にはりつく。人さえ通ると、ああこれは冷たい、居心地わるい、悲しい、犬でも悲しい。と訴えるように、人間じみた斑の顔を動かして吠える――遠吠えの短いのをする。鎖を鳴しつつ、危い屋根の上で脚を踏みかえ、ブルブルと佗しさあまる身震いをする。
だから、私はいやだというのだ。犬の心が傘一重でふせぎ切れるものか。私の足の裏まで雨水づかりで、やり切れなくなったような心持がして来る。
主人はどういう人なのだろう。
もう一つの或ることというのは、私の二階から彼方の木立越しに見える小窓の奥に坐している人と、この斑犬との関係だ。