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ほえる
吠える
宮本 百合子
「新小説」1926(大正15)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,148 字 · 5 页
私が、斑犬の遠吠えを気にするのは外でもない。此方で奇妙な不幸な境遇に置かれた犬が、冬の青空に向って遠吠えると、きっと暫くして、あの小窓の奥の女の人も吠え出す。やはり遠吠えで、半獣的な、意味の分らない叫声を、喉の奥から心から送り出す……狂人なのだ、その女の人は。有名な精神病院の監禁室の一部が丁度此方向きになっているので、見まいとしても私の眼に、その鉄棒入りの小窓が写る。
空地があるから、一町ばかりある距離を踰えて、斑犬の遠吠えが小窓の中へ聞えるらしい。おや、と気づいて耳を澄していると、大抵一分たたないうち、微かな女の唸り声が伝って来る。一度で犬はまたやめたことがない。二度、三度と吠える。一遍ごとに遠くの女の吠え声は高まって来、遂には、はっきりウォーイ、ウォーイというのがわかる。そうすると、面倒なことに、斑犬が、何か異様な興奮をその半人半獣の声から感得するらしいのだ。彼は益々長く切なく声尻を引張って遠鳴きする。彼方の狂人も、それに応えては、心一杯ウォーイと繰返す。この二重唱が起ると私は、いつも、始めのうちは極めて渋い涙が、眼ではない、鼻柱の心のどこかに湧き溜って来るように感じる。