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くちびるそう

唇草

岡本 かの子

「週刊朝日」1937(昭和12)年8月2日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,002 字 · 14 页

青空文庫

尾佐はちょっと外出するといっては幾日も帰って来ないし、園にいる時は髪の毛に触られるのも苦痛のような態度で、白けて黙り込んで研究室や花畑にばかりいた。それでなければ雲を掴むような大きなことばかりいっていた。そんな風に尾佐は頼りないので、栖子は尾佐が職業上の助手にするといって、家庭に寄寓を許した千代重を、自分にも助け舟のように思った。この青年はかつて二、三度学校の権威ある先輩として、尾佐を踏花園に訪ねて来たことがあるので、栖子は未知な間柄ではない。しかし、そんなときに遠慮深く、抒情派の文学青年のように憧憬的に少ない口数を利いたこの青年が家庭に来てくれてからは、事務的にも経済的にも驚くべき才能を発揮して、ほとんど一人で家事やこどもの世話まで切り廻してくれるのには驚嘆した。その上この青年には病的と思えるほど敏感に、女ごころの委曲に喰い入って、それにぴったり当嵌まる処置や捌きをつけてくるのには一種のもの憎ささえ感じた。時には女の始末すべきものまで彼は片付けにかかるので、栖子はいった。

「そこまでして戴いては済みませんわ。そこまでして戴いては…………恥かしい…………あたし………」