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きつえんよんじゅうねん

喫煙四十年

寺田 寅彦

「中央公論」1934(昭和9)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,500 字 · 17 页

青空文庫

また仕事の合間の暇を盗んでの一服もそうである。学生時代に夜更けて天文の観測をやらされた時など、暦表を繰って手頃な星を選み出し、望遠鏡の度盛を合わせておいて、クロノメーターの刻音を数えながら目的の星が視野に這入って来るのを待っている、その際どい一、二分間を盗んで吸付ける一服は、ことに凍るような霜夜もようやく更けて、そろそろ腹の減って来るときなど、実に忘れ難い不思議な慰安の霊薬であった。いよいよ星が見え出しても口に銜えた煙草を捨てないで望遠鏡を覗いていると煙が直上して眼を刺戟し、肝心な瞬間に星の通過を読み損なうようなことさえあった。後にはこれに懲りて、いよいよという時の少し前に、眼は望遠鏡に押付けたまま、片手は鉛筆片手は観測簿で塞がっているから、口で煙草を吹き出して盲目捜しに足で踏み消すというきわどい芸当を演じた。火事を出さなかったのが不思議なくらいである。

油絵に凝っていた頃の事である。一通り画面を塗りつぶして、さて全体の効果をよく見渡してからそろそろ仕上げにかかろうというときの一服もちょっと説明の六かしい霊妙な味のあるものであった。要するに真剣にはたらいたあとの一服が一番うまいということになるらしい。