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うそアつかねえ

嘘アつかねえ

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1950(昭和25)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,523 字 · 24 页

青空文庫

そこにはつつましい落魄と、諦めの溜息が感じられた。絶望への郷愁といったふうなものが、生きることの虚しさ、生活の苦しさ、この世にあるものすべてのはかなさ。病気、死、悲嘆、そんな想いが胸にあふれてきて、酔うようなあまいやるせない気分になるのであった。

初めて「やなぎ屋」へいったのは二年まえの冬のことだろう。酒も肴も安いだけがとりえで、決して美味くはない。ぶあいそな、うす汚れた爺さんのようすも、ふだんなら眉をしかめるところだったが、そのときは新吉原の茶屋で友達と飲んで、そこで口論になって、ひどくやけな孤独な気持でとびだした。このまま旅へでもとびだすか、いっそ身投げでもするかといったような気持だった。……そんなときだったので、葭簾で囲った屋台店も、不味い酒や肴も、よぼよぼした爺さんのようすも気にならなかった。寧ろ遠い親類の家へでもいったような感じで、――なにか泣き言も云ったらしい――、空の白むじぶんまで乱暴に飲み続けた。

それからときどき飲みにでかけた。いつも客はあまりいないし、爺さんは無口で、こっちが話しかけない限りいつまででも黙っている。手酌で勝手に酔うことができるし、誰に気兼ねもなく邪魔もされず、いたければ朝までいられるし、自由にもの思いに耽ることもできた。